小説『Sector31』

第1話名前の壁

私の記憶は、古びた巨大な宇宙船の中から始まる。

白い服を着た誰かが、ガラスの向こうからこちらを見ていた。

「T956。私の言葉がわかるなら、左手のゲートを通ってください」

あたりを見回した。小さな部屋には私しかいない。

ガラス越しの声は、私に向けられたものだった。

部屋の左の壁に出入り口があった。扉の代わりに透き通った青い膜が張られていた。向こうには広い床があり、一段高い場所に人が立っていた。

――ここから出ればいいのか。

手を当ててみた。何の抵抗もなく、膜の向こうへ抜けた。

ゲートをくぐった瞬間、頭上から機械の声がした。

「出力、98パーセント。個体識別完了」

機械の声が途切れると、上からため息と話し声がした。手すりの向こうの人たちが、私を見下ろしていた。

「惜しいですね」

「それでも、かなりのものでは」

「ようこそ」

「神よ」

何を話しているのか、よくわからなかった。歓迎する人もいれば、何かを惜しむような顔の人もいた。泣きながら座り込む人までいた。

私はその人たちを見上げた。私の顔を見る人も、ゲートの上に残る数字を見る人もいた。私に話しかけるより、互いに短い言葉を交わしていた。

脇の扉が開いた。ガラスの向こうからゲートを通るように言った人が出てきた。

「あなたの名前はT956です。これから暮らす場所へ案内します。私のことはDと呼んでください」

Dは私の前に立ち、上へ向けて言った。

「そろそろ部屋へ案内します。休ませてあげてください」

手すりの向こうで誰かが頷いた。一人は背を向け、ほかの人たちはまだ私を見ていた。

手を上げればいいのか、何か言うべきなのか、わからなかった。Dが廊下へ向き直るまで、私はそのまま立っていた。

「T956」

Dがもう一度呼んだ。

「こちらへ」

黙って彼女についていった。

廊下は思ったより長かった。

金属の壁に沿って、配管と電線がむき出しになっていた。天井に並ぶ白い照明のうち、いくつかがちらついていた。

歩くたび、足の裏に小さな振動が伝わった。

宇宙船は動いているらしかった。

けれど、窓はどこにもなかった。

「ここはどこですか」

初めて口を開いた。

Dが足を止めた。

「どこでもありません」

振り返らずに言った。

「私たちは、どの星にも属していないんです」

彼女はまた歩きだした。意味はわからなかったが、それ以上は聞かなかった。

廊下の先を右に曲がり、Dは立ち止まった。

壁が、名前で埋まっていた。

床から天井まで、金属の壁一面に爪ほどの文字がびっしりと刻まれていた。

何百。いや、何千。深く端正に彫られた文字もあれば、震える手で急いで引っかいたような文字もある。

曲がった先の廊下は果てが見えず、名前にも果てがなかった。

「これ、全部何ですか」

私の問いに、Dが答えた。

「名前です。この宇宙船に乗った人たちの」

「こんなにたくさん、ここにいるんですか」

「ほとんどは、ほかの星にいます。死にかけた星に残って、そこに暮らす人たちが忘れかけている名前を、代わりに呼んでいるんです」

Dは壁に触れず、空中に文字をなぞった。長く繰り返してきた動作に見えた。

宙に描かれた文字が、そのまま壁に刻まれた。

T956。私の名前だった。

「復元者は、宇宙船に乗った日に自分の名前を与えられます。その名前を、ここに記録します」

「なぜですか」

「こうして残さなければ、私たちはお互いを覚えていられないから」

Dはためらわずに答えたが、言い終えても、私の名前を刻んだ場所をしばらく見ていた。

私はもう一度壁を見た。自分の名前の両隣にも、よく似た文字と数字が並んでいた。この名前をもらった人たちも、最初はここに立って、自分の名前を見たのだろうか。

しばらく黙っていたDは、別の廊下へ向き直った。

「戸惑うことばかりでしょうけれど、まずは休んでください。部屋へ案内します」

天井の照明が、じっ、と鳴って瞬いた。

明かりが戻ると、さっきまで文字があった場所が空いて見えた。まばたきをして、もう一度そこを見た。初めから何もなかったのか、自信がなかった。

Dはもう廊下の角まで歩いていた。私は急いであとを追った。

この物語の星を、ゲームでも降りていけます。
『Sector31』は2027年初頭リリース予定のパズルストラテジーです。

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