小説『Sector31』

第9話青い人

カプセルが開いた。

眠っているあいだ何かが繰り返され、目覚めると忘れた。いつものことだった。

キューブは塩辛かった。回復室のものは塩気が薄いと、T17が言っていた。私もそこで食べたはずなのに、どんな味だったかは思い出せなかった。

画面がついた。Dだった。

「今日です」

それだけ。生体スコアは表示されなかった。

爆弾はカプセルの脇の床にあった。眠っているあいだも、誰も片づけなかった。

持ち上げた。昨日と同じ重さだった。重いということを、まだ知っていた。

少なくとも、昨夜T17に預けた言葉は覚えていた。重くて、それが気に入ったこと。

下の部屋にはT17が先に来ていた。槌を膝に載せて座っていた。

「眠れた?」

「はい」

「私は眠れなかった。いや、寝た。カプセルに寝かされた。それって寝たとは言わないでしょ」

答えなかった。T17は返事を求めない話をよくする。

階段のほうが青くなった。

照明ではない。照明は白い。壁も階段も、上から青く染まっていった。

T17が立ち、槌を握った。

人が降りてきた。宇宙服から出ている手と顔が、青く光っていた。指一本ぶんほどの光が、体に沿って巡っていた。

ゲートの膜と同じ光。初めて手を差し入れた、あれだった。

その人は階段の下で左の袖を手首の上までまくり、書かれた文字を声に出して読んだ。

「ティー、じゅうなな。槌。小さく。ティー、きゅうひゃくごじゅうろく。爆弾。大きく。明日。二人。聞くこと多数。青い理由を先に説明すること」

読み終えると私たちを見た。

「私は青いです。もとからです。驚かないでください。T999です。槌はどちらですか」

T17が槌を見せた。

「では、あなたが爆弾ですね。重いですか」

「……はい」

「持ってもいいですか」

差し出すと、T999は左手で受け取った。

「左手にします。右手は石にしか使いませんから」

爆弾の重さに、その手が下がった。T999はしばらく眺めていた。

「重いですね。この宇宙船に重いものがあるとは知りませんでした」

爆弾を返すと、T999は左手を曲げた。指先から伸びた光が、同じ手の手首の上をなぞり、文字を残した。

爆弾:重い。

インクではない。体を巡っていた、あの光だった。

「これは消えません。石を壊すときと同じです。いいですよ、と思うと残ります」

ようやくT17が口を開いた。

「ねえ。何パーセント?」

「百です」

T17はまた腰を下ろした。

「……反則。通報するところないの」

「通報ですか?」

「いいの。何でもない」

「ここに書いてあります。槌は数える人だと。今日は照明が何回ちらつきましたか」

T17が私を見た。その目なら私にもわかる。何で知ってるの、という目。

「……二回」

「二回。書いておきます」

「書かないで。それは私の」

「わかりました」

T999は指を止めた。本当に書かなかった。

T17がT999の左手を引き寄せ、六行を読んで、その下で止まった。

「これ何。帰れるか、不明って」

「わからないことです」

「何が」

「帰れるかどうか」

「……誰が」

「私たちです」

T17は手を放した。

「Dに聞いたの?」

「はい。答えませんでした。答えないことも答えなので、書きました。不明は秘密ではありませんから、手でもいいんです」

「Dはあなたには答えるんだ」

「たいてい。どうせ忘れるので」

「じゃあ、これから行く星から帰ってきた人がいるかも、聞いたんでしょ」

「はい」

「何て?」

「それは服の中です」

「は?」

T999は袖を少しだけまくり、隠れていた腕の内側を覗いた。うつむいたまま、小さく呟いた。

「今度行く星。地下から帰ってきた人……なし。ほかの人には話さないこと」

袖を戻して、T17を見た。

「これは、お話しできません」

T17はしばらくT999を見つめ、それから声もなく笑った。

「もう、全部言っちゃったじゃん」

「独り言で読んだだけですが」

「……うん。独り言だったね」

「驚きませんでした」

不意にT999が階段を向いて言った。Dが立っていた。足音はなかった。

「三行目のおかげです」

Dは答えず、断面図の前に立った。三十一層。赤い円。

「星へ降りる小型宇宙船、降下艇は船尾の出港区画にあります。ここから連絡通路を進んでください。三人が乗れば、自動で地表まで降ります。私は母船に残ります」

「なぜですか」

T999だった。私もT17も、聞かなかっただろう。

「私は復元層へは降りられません。名前がないから」

「Dは名前ではないんですか」

「違います」

「では、何ですか」

少し間を置いて、Dは答えた。

「……残ったものです」

T999が手首に書いた。D:名前ではない。残ったもの。

「それも書くの?」とT17。

「手に書いていいことです。Dが駄目と言っていませんから」

Dは、駄目とは言わなかった。

「地表に降りると入口があります。そのすぐ下が地下一階。各層のどこかに、必ず次の層への入口があります。三人の誰が壊しても、欠片は全員に刻まれます。記憶が消えるのは壊した人だけ。ただし下に長くいると、何も壊さなくても少しずつ記憶が消えます。星が忘れていく場所だから。なるべく早く降りてください」

T17がすぐ言った。

「じゃあ私が全部壊せばいい。小さく壊せば、少ししかなくならない」

「あなたの槌では壊せない石もあります。素手でしか壊せないもの、爆弾でしか壊せないものも。どの層に何があるかは、降りるまでわかりません」

「……だから三人」

「だから三人です」

Dは私を見た。

「最後の部屋で呼ぶのは、あなたです。98が、いちばん欠けることなく届きます」

「私は駄目ですか」

T999が聞いた。

「百は、呼んだら何も残りません。あなたがいなくなります」

「わかりました」

今度は手のひらに書いた。六行の下、帰れるか:不明のすぐ横に。

呼ばないこと。

「これは手に書きます。私が忘れてはいけないことなので」

「出発は一時間後です」

Dはそう言って、音もなく階段を上がった。T999が背中を見て小さく言った。

「本当に足音がしませんね。書いてあっても、不思議です」

三人が残った。

T999が私に聞いた。

「どんな名前だと思いますか。星の名前」

「わかりません」

「食べ物だといいですね。キューブではないもの」

T17が天井を見た。

「星の名前が食べ物って、どうなの」

私は答えなかった。

頭のどこかに、まだ何も刻まれていない場所がある気がした。

そこは静かだった。

この物語の星を、ゲームでも降りていけます。
『Sector31』は2026年冬リリース予定のパズルストラテジーです。

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